
最近、耳を疑うような司法判断のニュースでした。
ニセ電話詐欺に関わったとして逮捕された70代の女性に対し、福岡地検が下した「不起訴処分」。これに対し、検察審査会が「不起訴不当」=「起訴すべき」という極めて妥当な議決を下したのです。
この事件の裏側には、現代社会が抱える歪んだ「被害者感情」と、それを利用する詐欺グループの狡猾な手口が見え隠れします。
事件の経緯:5000万円の被害者が「加害者」に変わるまで
事の顛末はこうです。
- 第一段階: 女性(70代)自身が約5000万円という巨額の詐欺被害に遭う。
- 第二段階: その後、詐欺グループに加担。
- 第三段階: 別の高齢女性から1200万円を自身の口座に振り込ませる役割を果たす。
検察は当初、彼女が「被害者であったこと」を重視したのか、不起訴としました。しかし、1200万円をだまし取られた側の被害者からすれば、相手が過去に何を失っていようが、自分の金を奪った**「詐欺師の一味」**であることに変わりはありません。
「被害者なら何をしてもいい」という免罪符の危険性
検察審査会が指摘した通り、**「だまされた被害者という理由で立証を諦めれば、犯行を助長することになりかねない」**というのは、まさに正論です。
詐欺グループは、一度騙した人間を「共犯者」に仕立て上げる手口をよく使います。「失った金を取り戻させてやる」という甘い言葉や、「あなたはもう犯罪に関わってしまった」という脅しを使い、被害者を「出し子」や「受け子」へと変貌させるのです。
ここで司法が「被害者だったから同情の余地がある」と匙を投げてしまえば、詐欺グループにとってこれほど使い勝手の良い人材はいません。「被害者を盾にした犯罪」を司法が追認してしまうことと同じだからです。
「被害者であっても、法を犯せば加害者である」
この一線を曖昧にすることは、司法の自殺行為と言っても過言ではないでしょう。
日本の司法に求められる「毅然とした態度」
日本の司法機関には、もっと積極的に、そして厳格に動いてほしいと切に願います。
- 詐欺の連鎖を断ち切る: 加担した背景がどうあれ、実行行為に対しては相応の罰を与えるべきです。
- 抑止力の強化: 「被害に遭ったから協力した」という言い訳が通用しないことを社会に示す必要があります。
- 徹底した追及: 末端の「加担した被害者」だけでなく、その背後にいる組織を壊滅させるための執念が求められています。
今回の「不起訴不当」の議決は、司法の甘さを市民感覚が正した形と言えます。詐欺という卑劣な犯罪を根絶するためには、情に流されるのではなく、法に照らした「適正な判断」こそが、真の意味で次の被害者を救うことになるはずです。
Let’s redoing!
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